サソリの襲撃≪八月三十日≫ -壱-モーニング・コーヒーを飲んだのが11:00。 政雄たちが朝食を済ませて、戻ってくるまでロビーで待ち、九月十日 に予定していたネパール行きのチケットを、七日にチェンジしてもらうよ う、”J-トラベル”へ顔を出す。 受付「こんにちわ!今日、何ですか?」 俺 「あんな!このチケットやけど、七日に代えてくれへん か!(もちろん、英語です。)」 受付「十日を七日に?オーケー!Come here、afternoon five o‘clock!You see?」 俺 「OK!」 このあと、日本大使館、タイ大丸と訪れるも収穫なし。 まだ、日本からの第一便は届いていなかった。 この夜、事件が起こった。 * 夜10:00になって、ジーンズの洗濯に取り掛かる。 ジーンズのような厚手のものは、洗濯してもなかなか乾かないので、 こうして移動の合間にしか出来ないものである。 バスタブにお湯を流し込み、日本から持ってきたタワシ(そんなもん 持って来てるんかよと言われそうですが。)で、ゴシゴシとこすり足の皮が 擦りむけるほど、何度も踏みつける。 大昔の洗濯方法の復活である。 マラソンをやった後の様に、息遣いが荒くなり汗が吹き出てくるのだ が、雨の日に歩き回ったジーンズの頑固な汚れは、なかなか素直には落ちて くれない。 このときほど、電気洗濯機に感謝した時はない。 おまけに乾燥機まであるという、なんと便利な有難いものだろうと。 こうして人間は堕落して行くのだろうけど。 俺 「エッサ!ホイッサ!(これ、洗濯をしている音。)」 W君「ワッ!」 突然、部屋にいる若狭君の叫び声が聞 こえ、パタン!パタン!という音が聞こえてきた。 俺 「いつもの病気か?」 などと、笑っていると。 W君「ネー!ネー!ネ~~!ネ---!サソリ!!サソリが出 てきたよ!早く!早く!何してんの!!」 泡のついた足そのままで、浴室を飛び出してくると、会長と若狭が腰 を屈め床に見入っている。 俺 「何だ!サソリ?」 W君「ここ!ここ!見てみて!会長の寝袋に入ってたんだって さ!」 俺 「もう、死んだの?」 良く見ると、小さなサソリが、本の間に挟まれたかのようにペシャン コになっている。 俺 「やっぱり、ジャングルから貰ってきたわけ!」 会長「この間から、どうも寝袋に入る度に、チクチクするから おかしいなと思ってたんだよ。大きな蜂、何匹もに一度 に刺されたような痛みだよな。一晩中痺れてたけど、ま さか、サソリが寝袋に入っていたとは・・・・。」 俺 「それって、お土産なわけ?」 会長「そんなもんだ。」 俺 「小さいけど、気味の良いもんではないわな。」 会長「殺さずに、生け捕りにしておけば良かったかな。餌をや って日本へ持って帰れば良かったかな。」 W君「そうか!慌てちゃったからな。」 俺 「検疫に引っかかるよ!」 会長「そうだな。」 俺 「もういないでしょうね!俺、貰うの嫌だからね。」 会長「寝袋逆さまにしてみたけど、残念だけど、これ一匹みた いだなー!」 俺 「これに刺されだして、何日もたっているでしょうに。よ く今まで我慢してたよね。」 会長「俺もまさか、サソリがいるなんて、まるで気がつかんか ったもんな!砂漠ならいざ知らず。」 このサソリ君、小さくてまだ幼かったようだ。 結局殺されてしまった。 きっと、このサソリ君も驚いた事だろう。 刺しても、刺しても、足を入れてくる。 このサソリ君も、驚いて身に危険を感じて、刺したものだろう。 名前はないが、ジャングルからここまで、自分の意に反して連れてこ られて殺されてしまう。 かわいそうな運命ではある。 このタイでサソリを見ようとは思わなかった。 実物をこうも間じかに見たのははじめてである。 今はもうスリッパで押しつぶされ、きれいな形で標本になってしまっ た。 細い身体に、特徴のある尾が不気味である。 W君「皆に知らせてこよう!」 部屋を飛び出していった。 この夜、標本になったサソリを肴に祝杯をあげて眠りについた。 |